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2004年5月

傷と闘いながら

今、ふくらはぎにできた傷に、ばい菌めが入って化膿しておりとっても痛いわ。

一週間くらい前から、足をひきずったりしながら歩いております。座ったり寝てるとき、そして歩いていてもそれ程痛くないんだけど、起立の姿勢で居る(電車を待っていたり、トイレで小用を足したり)時に、ずきんと痛みが来るの。あまりに不快で会社をサボりたくなるほど。今日、ラップでふくらはぎの周りをぐるぐる巻き、一日過ごしていたのだけど、いつも感じる傷の周囲をどくどく血が流れる感じがなく、割かし平気だったの。ただ、家に帰って見たら、明らかに血の流れが止まっているような肌の白さを見つけ、恐ろしくなったわ。

必死にマッサージをしたり(もちろんラップを外して)、シャワーのお湯を患部にかけたりして血行を取り戻そうとした結果、痒くなり始め(しもやけとか凍傷が治りかけているような感覚かしら・・)、今はしもやけっぽいけど、なんとか血行を取り戻したようで、ほっと一安心だわ。

とまぁ、あまりの痛さと治療に費やした時間のため(?)午前休を取ったのだけど、未だ学生の友子より昼餉の誘いがあって一緒に食って歓談したりと、他の人が働いている中申し訳ないような午前をすごしたことがやや後ろめたく出勤したら、チームのリーダーが欠席していたので、ややほっとしたわ。噂では飲みすぎだとか。飲みすぎで会社を休むのは何となく恥ずかしいことだというイメージがあったけど、上の人は、下が真面目な場合(一応、アタクシのこと)、多少いい加減なところがある位が、ちょうど良いのかもしれないわ、なんて思ったり。上も下もがちがちしてたら息が詰まってしまうし。

傷もそれほど良くならず、仕事も終わらないまま帰路につくという、いつも通りの一日なのでした。

ロスト・イン・トランスレーション(Lost in Translation)

今日はお台場方面に、遊びに逝ってきました♪

最初は船の博物館に行ったの。ゆりかもめに乗ってる時、4人がけのシートで他のカップルと分け合う形で座ったんだけど、オ釜とばれたらどうしよう、と不安になり、気もそぞろに話もできず、小説なんか読んじゃったりしてました。何となく申し訳ないことをしてしまったような、相手に対して罪責感を持ってしまった。ああいう場で堂々とできないのは、まだまだアタイも蒼い証拠ね。

船の博物館で、3つの船の中を歩いて見回るうちに、GW中ずっと家でデレンコしていて体力が落ちていたため、グロッキー状態になってしまいました。お昼は入り口にあった、ドラゴンボールに出てくる亀ハウスみたいな建物のレストランで、ハヤシライスを食べました。船の博物館から汐留の日テレ本社ビルに行ったら、大道芸人のパフォーマンスで人だかりだったわ。船の博物館見学でかなり疲れていたので、中にある「日テレ食堂」とやらに入り、パスタを食べました。

食堂で冷たい水を2杯も飲んでしまったこととか、船の見学中に強風にあおられたことなどから、汐留を出る頃には頭痛がひどかったけど、渋谷で映画を見るのが今日の大きな目的だったので、頑張って渋谷まで向かいました。新橋の金券ショップで、チケットを安く買うのはもちろん忘れずに。(310円も安かったわ!)

お目当ては「ロスト・イン・トランスレーション」。ヴァージンスーサイドで監督デビューした、ソフィア・コッポラの映画第2作目です。CM撮影で来日したハリウッドの中年俳優ボブと、カメラマンの夫に同行して来日したシャーロット(ゴーストワールドに出ていた女優)が、たまたま同じホテルに泊まったことから出会い、互いに満たされぬものを持つという共通項から友情をはぐくんでいくというお話。異国の地での孤独感、夫婦間のディス・コミュニケーションみたいなのがテーマみたい。渋谷のシネマライズに着いたら、開演40分前だというのに「立ち見か、バラバラに座ることになります」と言われるほど、多くの人が来ていました。どうでもいいけど、並んでる間、アク○リアスの宣伝の音楽がうるさかったわ。映画館の2Fで見たんだけど、何とか座れたのでほっとしました。

映画は、結構楽しめた。例えば、ボブとシャーロットがしゃぶしゃぶ屋に入って、メニューを見ながら、肉が全部同じに見えて、違いが分からないといって悩むところはかなり受けた。それ以外には、高級ホテルのプールで水中歩行をする中年女性を不思議に思ったり、通訳の人がCMディレクターの要求をはしょって伝えることを不信に感じたり、なぞのSM中年女性が出てきたり、キャラの濃い人々がでてきて、「標準」とのズレを笑うような所もあった。アメリカ中心主義から見た日本の不思議さを笑う、という面も無かったわけではないけど、あまりそういった不快感を意識せずに、笑って見れたのは脚本のエスプリの良さもあると思うけど、出演者たちの日本という異文化に対する視線が、差別的と感じられなかったからかもしれないわ。

ロストに出てくるアメリカ人が、日本で孤独感を感じるのだけれど、それはもちろん、知り合いの少ない異国に来ているという理由がいちばんにくると思う。でも、暗黙的に、互いに結婚相手の伴侶から必要とされていない、自分は無価値だと感じさせられているという孤独感が背景にあり、それが二人を結びつけた。それは、映画のパンフレットで安野モヨコ氏が言ってたことのパクリなんだけど。二人で寿司屋に行ったり、シャーロットの日本人の友人とクラブにいったりカラオケに行ったりして楽しんだのは、他人の目という制約から比較的自由な異国で、はめをはずしやすかったからだとも言えそう。二人はセックス無しに友好を深めて、最終的に、ボブが空港に向かうタクシー乗車中にシャーロットを街中で見つけ、彼女を追い、キスして別れた。

異国で、同郷の人々とつながりあうという設定は、「アラカルト・カンパニー」(1987年、やはり同じ東北新社、今井美樹主演、パリが舞台)と似ていたかも。アラカルト~の出演者たちが日本からの脱出願望が潜在的にあって、パリに来て結果として長期滞在しているのに対し、ロスト~は、用事があっての、つかの間の日本滞在であるという点は異なるけれど。その他にも、アラカルトの出演者が独身で自由な生活を営むのに制約がないけど、ロストの出演者は既婚であるという設定のため、ロストはより「限られた時間」での異国での生活を描くのに適した設定だと感じたわ。異国に赴き、そこでの現地の人々とのすれ違い、ギャップを描くという点ではかなり同じ。

アラカルトでは、パリで旅行していて日本に帰りたくなくなり、商売を始める若者が描かれる。そこにはモラトリアムとかスチューデントアパシーが描かれていて、日本人にとって身近であり、ダイレクトに共感できる内容だと思うわ。でも、ロストもアタイが楽しめるのは、日本という文化を毒なくカリカチュアライズしていて、楽しめる度量を脚本が持っているからなんだと思うわ。(偉そうだけど。)ストーリー的には、ロストは別に主人公たちの成長も無く、問題の解決も示唆されていないけれど、退屈な日々に訪れたハプニング(出会い)に対するリアクションをリアリティ豊かに描いているという点で、アメリカの映画としては珍しいので(?)、楽しめたわ。ハリウッド的な単純なハッピーエンドは嫌いだし。

個人的には、パンフレットに掲載された、安野モヨコが描いたシャーロットのイラストが可愛かったのが、良かった。・・・って映画の感想のまとめになってないわね。アメリカ人が日本文化に出会った時の困惑、動揺も描かれているけれど、旅行における広い意味でのアバンチュール(性交を必ずしも必要としない)とか、人生の節々における悩み、とかがメインテーマな映画だという気がしたのでした。ソフィアコッポラの映画の独特の雰囲気、たゆたいとした感じが好きな人にはオススメかも。アタイはこの優柔不断な感じが好きです。

不惑

今日も一日中ごろごろしてたわ。GWだっていうのに、食っちゃ寝の繰り返し。体重増加の毎日です。

先週、冷蔵庫にクラフト社のクリームチーズが、レディーボーデンのアイスみたいな容器に入っていたの。そんな大きな箱に入っているチーズは見たことなかったので、貧乏な我が家のいったい誰が買ったのか不思議ではあったんだけど、腹が減っていたのでパンに塗って食べたのね。クリームチーズってチーズケーキの原料に使われるくらいだから甘ったるいんじゃないかと思ってたんだけど、酸味がほどよくあり、くどくなくて沢山食べられたの。

今日、都内で一人暮らしをしている姉が実家に帰ってきていて、そのクリームチーズを出したら、母親が「それは、○○子さん(姉)が家に持って帰ったやつだよ。先週冷蔵庫を整理していたら、出てきたの」と言い出したの。姉は食品関係の仕事をしているので、実家に居る時よく食べ物を持って帰っていたんだけど、姉が一人暮らしを始めたのは今年の1月。不安に思い、チーズの容器の底面にある品質保持期限を見たら、「02/11」という文字があったわ。

いつもは納豆とか牛乳とか、賞味期限を過ぎたものを平気で食べている両親を糾弾していたのに、そのアタクシがこんな古いものを平然と食べていたなんて・・一瞬衝撃を受けたわ。でも恐ろしいもので、既に一週間前からそのチーズを食べ続けており、特に胃の調子も壊してなかったため、その事実を知ってもアタクシは取り乱すことなく、再びチーズをパンに塗って食べ続けております。チーズって、欧州人の保存食だし、冷蔵庫に入っていれば、腐ることはなさそうだしね、と自分を納得させながら。ただ、酸味が強くなっていたのは、熟しすぎた結果だったのかもしれないわ。腸の調子がやけに良かったのも、なんか関係あったりしたりして。

納豆や豆腐は相変わらず賞味期限過ぎたものは食べる気ないけど、これからはヨーグルト以外の乳製品は、賞味期限を多少過ぎても食べそうなアタクシ。年を取ると、少々のことでは動じなくなるものだということを実感させられた思いよ。

「私の運命の人は、あなただけではない」

釜友の勧めで、「絶対王様」という劇団の公演を3年前位から、ほとんど見ています。今まで見た中で一番印象に残っているのが「地底人と恋」。設定は35年後くらいの日本。北極と南極が入れ替わることが原因で、あと3日で地球が滅亡するらしい。そんな時に、仲良しの男女グループが旅館に遊びに行くところから始まる。

主役は、「誰とでも寝る女」(川崎桜さんという女優がが演じている)。グループの男と全員寝てるけど、誰とも付き合わない。微妙な距離感を持って、全員と接している。誰かと付き合うと、他の誰かと付き合えなくなるのが嫌だ、というよりも、単純に付き合うのが「面倒くさい」のである。

彼女は、自分と寝たがる男と、性行為でつながっているが、それは自らの欲求ではない。決して無理強いされているのではないが、セックスをさせることで、それらの男に対して優位性をもち、また関係性をつないでいる。物語はそこで、「地底人」と名乗る奇妙な男が出てきて、彼女に、「そのままでいていいんだよ」と語りかける。性を媒介につながること自体は悪くは無い。しかし彼女自身が望んでいる人間関係、そして人生は、自らが模索して選ぶ、チャレンジングなものだったのではないだろうか。

地球が滅びる日、彼女を肯定した地底人が実は彼女の妄想が作り出した幻覚であったことが判明した。極限の状況の中で、人生が終わる前に、救済(癒し)を求める心理機構がそうさせたのかもしれない。彼女は「救われたと思ったが、救われなかった」事実に号泣し、救われないまま舞台は幕を閉じる。

「私の運命の人は、あなただけではない」という彼女の冒頭での台詞に、私は無性に共感した。どちらかというと誰かと一人だけ付き合う、というのは不得手だというところが似ているからだと思うけど、同時に、短い人生、そんなちゃらんぽらんなんで幸せなの?という囁きもどこかから聞こえてくる。本当は特定の誰かに依存したり、愛されたいのに、そう願うことをプライドが許さず、ただ誰かが自分を求めてきたときに、時には妥協的に、関係を結ぶ(もちろん、相思相愛の場合もあるけどね)。誰もがある程度妥協しているけど、彼女がそうできないのは、やはりプライドが高く、自分を守りたいからなのかもしれない。

そのプライドと、欲求のバランス地点を、上げることで、人生をクリエイトしていきたいって彼女は本当は気づいていたんだと思う。傷つくことを覚えて、少々のショックにめげない自我を作ること。無意識下の理想と現実とのギャップに苦しんでいたと思うけれど、理想も社会が決めた価値観の反映かもしれないと思うからこそ、「運命」を選ぶことを躊躇し続けたんだと思う。運命の男を一人に絞らなかったことが彼女の過ちではなく、頭の中でくよくよ考えてばかりで、何でも自分の意思でやってみなかったことが、彼女の了見の狭さを作り、ますます彼女を袋小路に追い詰めたのではないかしら。

地底人は、そんな彼女をまとめて受け入れた。彼女も、こんな自分でもいいんだと思えかけていた。もし地底人が「実在」していたら、彼女の最期は安らかに迎えられたんじゃないかとも思う。また生きていたとしても、地底人との出会いでまたぼ~っと安楽死のような人生が送れたと思う。認めきってしまうことと自己嫌悪に陥ることと、どちらがプラスになるかは分からない。地球が滅びるってことも彼女の夢の世界であり、夢から覚めた後に、彼女が見たものをいかせるっていう結末だったら、彼女にとっては良かったと思う。もしかしたら、観客はそういう立場なのかもしれないわよね。

回復傾向

顔、それから足にもできてしまっていた傷は、回復しつつあります。調子に乗って、スポーツとか遠出とかするとまた再発するので、GWだというのに家に閉じ込められてます・・。

今日、会社の同期の男の子から、「埼玉まで来ているので、よかったら夕ご飯でも一緒にどう?」とのメールが来たので、「近場なら」と返したわ。その子は、間違えて東北線の久喜まで言ってしまったらしいけど、何とか北○尾駅まで来てもらいました。777円食べ放題セールをやってるとり鉄にしようと思い立ったんだけど、店員に聞いたら平日限定のサービスだということだったので断念し、近くの「パスタ・アルデンティーノ」に行ったの。

前も一人で来た時に店員の接客がよく、料理も美味しかったので気に入っていたんだけど、今回もパスタやデザートも美味しく、店内のインテリアや接客も気持ちよく、長居できる雰囲気で良かったわ。ついつい、2時間くらい話し込んでしまったし。ネットで検索したら、チェーン店だけど、「隠れた名店」との評価が高いらしいの。ピザも美味しいみたいなので、今度行ったらトライしてみたいわ。

その後、何ヶ月ぶりかに姉子が家に帰ってきて、マン香(「女帝花舞」、「ヱースをねらえ!」等)を提供したら、喜んでくれたわ。ただし、アタイの部屋にあった本、「負け犬の遠吠え」を見つけたら複雑そうな表情を浮かべていたの。アタイもさすがに、ちょっと気まずかったわね。

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